ココロの綴り。


by sachipu_pu

カテゴリ:課題( 10 )

がんばる

まいのじょうさんのblog「頑張らないを極めるしかない」よりTB。



ワタシはいつもがんばったらいいことがあると思っていた。

小さいころ。ワタシはよく自分にいろいろ課題とそれに対する褒美を与えた。

「あの場所まで全力疾走で一度も止まらずに行けたらいいことがある」とか
「急な坂道を自転車で一度も降りずに登りきったらいいことがある」とか
「3時間勉強に集中できたら、アイスを食べれる」とか
「今辛いのをがまんして頑張ればきっと100倍くらい幸せになる」とか
「辛い今の時期を乗り越えたら 何もない幸せが待っている」とか

がんばったらその先にごほうびがある。
がんばったらいいことが起こる。
そう信じていた。
それに支えられていた。
だから、辛くてもがんばっていれば。。と無理してきたし、
無理をすればいいことがあると思ってきた。
辛くてもがまん。
しんどくてもがまん。
がまんして頑張ればいいことが起こる。って

でも、がんばり続けたら病気が待っていた。
無理をしてがんばっていてもいいことは起こらなかった。

今。先生は「がんばらない」という。
「無理をしない」という。
ワタシは無理をしないでがんばらないことが目標になった。

でも・・その先にはナニが待っているのだろう?

がんばらない。無理をしない。
そう簡単に呪文は解けない。

やっぱりまだ
頑張れば・・無理をすれば・・ナニかいいことがある。
って思っているのかもしれない。
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by sachipu_pu | 2005-04-11 20:22 | 課題

まだまだ

ワタシは平熱が35.2度。(今日の数字)
血圧は今までの最高?最低・・上は70.下が30くらいとか・・・。
いいときは上が90までいきます。
低体温の低血圧の冷え性。
起立性貧血も持病。

これって。すごい自律神経が乱れるの当然って数字な気がする・・。
考え方のくせや、(悪い)
今までの経験や、
ココロの病気にはたくさんの要因はあると思うけど、
カラダのこともひとつの要因だと思う。
ワタシはカラダが弱いし・・。
これはどうにかしないと!!

と、いうことで、呼吸法をはじめています。
朝、足を組んで、1秒間隔で息を吸って吐いてを繰り返すという方法。
いつまで続くかな・・・。(汗)

土曜日はクリニックの日だったので、先生にそのことをいうと
笑顔で
「いいですね。前向きになっているってことですね」と言われた。
でも、
「じゃ。お薬いつもどおりだしておきますね」だって(汗)
まだまだってことかな。

でも昨日の夜も原因不明の焦りと、不安感に襲われたし・・。
まだまだって自覚してます・・。(汗)

写真は部屋の「さくら」。部屋のサクラは満開!c0013343_10211039.jpg
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by sachipu_pu | 2005-04-04 10:21 | 課題

目標

月の光 雨のしずく
mikiさんの詩からTBデス。

私は母と自分の区別が出来ない・・。
母の病気と自分をいつも考えてしまう。
母と病気。私と母の病気。私と母は違うのに・・。

母を愛している。
なのに・・・。

私はワタシを生きるために生まれてきた。

これからの目標。

私はワタシを生きる。
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by sachipu_pu | 2005-03-08 09:43 | 課題

母とお話。

昨日の夜。
母に電話した。
母の声。母の笑い声。
母は元気だった。
私は耳のことを母に話した。
でも、「大丈夫だから」と繰り返した。
「風邪でなっただけで、体は大丈夫!心配しなくてもいいよ。」って。
母は「ゆっくり休みなさいね。無理しちゃだめよ。かわいそうに・・」って。
甘えたいけど、心配かけちゃいけない。
母の声を聞いてうれしかったのに・・。
その後涙が止まらなくなって、ひらすら泣き続けたワタシ。
夫の帰りが昨日夜12時を過ぎてて、
ちょうど昔を思い出して、すごく辛くなって・・泣き続けた。

昔。父は仕事でいつも帰りが遅かった。24時くらいになるのが普通で、兄は海外に居てたから近くにはいてくれなかった。
家には、母とワタシだけだった。
毎日、父がちゃんと帰って来てくれるか不安で不安で仕方なかった。
病気の母と二人取り残されたら・・そう思うとベッドで震えていた。
1階の玄関の鍵の音がしないと寝れなかった。
鍵の音がして、ほっとする気持ち。
不安で玄関の前で待っていたこともあった。怖くて怖くて・・。
父の姿が見えると急いで家の中に入って自分の部屋に行って寝たふりをした。
父はいつも帰ってくると私の部屋に来て、寝顔を見て、扉をしめる。
ワタシは母にも父にも自分の涙を見せたくなかった。
ワタシは大丈夫って。いつも平然を装ってた。
でも、本当は不安で不安で。毎日震えてた。
ベッドの中で一人で泣いた。毎日泣いた。

昨日の夜涙が止まらなくなって、そのときの不安な気持ちでいっぱいになって。
夫は帰って来て、そんなワタシを見て、
「また発作?」って言いながら、ティッシュを渡して着替えを始めた。
なんで?って聞かれないからよかった。
こんな気持ち、夫には話せない。なんでか話せない。
母の声聞きたいし、心配だし、うれしいのに・・。
声を聞くと昔の思い出で苦しくなる。
いつか開放されるのかな・・・。
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by sachipu_pu | 2005-03-03 13:49 | トラウマ

暗闇

今日は雪が積もった。
昨日の夜から雪が降っていて。。窓の外を眺めながら積もると大変だな~って思ったけど、
なんだかドキドキうれしい気持ち。
夜に降る雪はとても好き。
恐い暗闇も雪の白さで少し明るくなる。

私は夜の道を一人で歩くことが異常に恐い。
まだ学生のとき、私はいわゆる変質者?ストーカーの被害にあった。
夜、家にいきなり電話がかかってきて、「俺と付き合え」といきなり言われた。
「付き合えない。」と答えると、
今から家に行くとか・・・名前も顔も知らない相手が、私のことをいろいろ知っている。
恐さで震えて、とにかく電話を切ろうとすると、相手は
「切ったら今すぐ家に行く」と言ってきた。
そして、何度も何度も「愛してる」と笑って言ったり、怒鳴って言ったり・・。とにかく異常だった。
会う約束を無理やりさせられ電話を切った。
でももちろん会うつもりはなかったし、行かなかった。
また電話がかかってきて、今度は「バイト帰りの夜10時帰り道襲ってやるから気をつけろよ。夜は歩かないほうがいいんじゃない?・・・・(笑い声まじりにわけのわからないことを言い続けた)」と脅迫された。


警察にも相談した。でも、証拠がないし、実際被害を受けたわけじゃない。と取り合ってもらえなかった。
で、外を一人で歩くことが恐くて仕方なくなった。
しばらくは外に出られなかった。
出かけるときはトモダチに家まで迎えに来てもらって出かけた。
父に相談して、バイクを買ってもらった。
で、一人で歩くことを避けた。
家の電話もでないようにした。
実際の被害はあれからないけど・・。
今でもあのときの恐怖は忘れられない。
今でも夜は一人で歩くと恐くて恐くて心拍数があがる。

そんな暗闇恐怖の私でも、雪の夜は少しココロが和む。
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by sachipu_pu | 2005-02-25 09:43 | 課題

嘆き

今日だけ。今だけ。
母の気持ち。父の気持ち。兄の気持ち。誰かの気持ちを考えるのなしで
過去の自分の気持ちを叫んでみてもいいですか?
こんなこというのは自分勝手だ・・そう思って抑えていたけど、
過去にしたいけど、過去に縛られている私。抜け出したい。

辛かった。
悲しかった。
誰かに助けてほしかった。救い出してほしかった。
毎日泣いた。
毎日これは現実じゃない。目が覚めたら違う世界が広がってる。そうして明日を待った。
明日目が覚めたらきっとお母さんは笑顔でキッチンにたっている・・・
毎日お祈りした。「神様、もう苦しませないで」
毎日現実逃避した。
どうして 誰も助けてくれなかったの?
どうして 私だけがこんな思いしなくちゃならないの?
どうして お母さんに相談できないの?
どうして お父さんは逃げているの?
どうして 普通のお母さんじゃないの?
どうして 普通の家族じゃないの?
どうして 私はお母さんにどなったの?どならないといけないの?
どうして お母さんはこわれちゃったの?
どうして お兄ちゃんなのに妹を助けてくれないの?
どうして 普通のことが普通じゃないの?
どうして 当然のことが当然じゃないの?
どうして こんなに悲しまなきゃならないの?
どうして こんな苦しみのために生まれてきたの?


どうして 今も苦しんでるの?
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by sachipu_pu | 2005-02-18 17:57 | 課題

思い出

なんだかやっぱり調子が悪い。
今日は、朝~夕方にかけては「普通」だったのに・・。今はこんなに苦しい。また夕方の憂鬱。不安が始まった。発作というほど強烈な一瞬ではなくて、じわじわとしたくら~い感じ?
いやな考えばかり思い浮かんで、これが寝るときまで続く・・・。いやな思い出・・

私が短大のころバイト先(コンビニ)でいい感じだった男の子がいた。
私は、中~高まで何度か付き合ったけど、母のことを知られるのが怖くて、本気にならない短期間で終わらせていた。
男の子は大好きだったけど(笑)大好きだった人だっていたけど、怖くて逃げた。傷つくのが怖かった。逃げて逃げて・・逃げまわっていたのに、とうとう現実になった。
バイトのカレとはラブラブモードだった。そのときのカレは「大好きな人」になりかけていた。
ある日カレと二人きりで仕事をしていて、私はバックルームでごはんを食べていた。カレはレジに居た。ふと防犯カメラを見ると。。「母だ・・」心臓が止まりかけた。
「母」はカレに何かを言って立ち去った。母にはバイト先は知らせていなかった。母は一度もバイト先に来たことはなかったのに・・突然現れた。
カレはバックルームにやってきた。
「変な狂ったおばさんが来て、「スイカバーない?」って聞いてきて、「ないです」って言ったら「あなたはスイカ食べないの?」って言ってきたんだけど。きもちわりーよな~!」
って言われた。もちろんカレはその人が私の母ということは知らない。
でも、私は深く深く傷ついた。
自分の母を「気持ち悪い。狂った人」と言われたショックと、自分も同じように母を偏見の目でみている事実・・。
そのカレとは私の中で終わった・・。
それ以来、私は大好きだった人だっていたけど、また怖くて逃げた。傷つくのが怖かった。
だから私は告白したことはない。「私を好き」という弱みを握らなければ駄目だった。
「私を好き」で「私も大好きな人」と付き合うときは「好きかも?の人」と同時に付き合った。
人を傷つけても、自分は傷つきたくなかった・・(ほんとにサイテー・・)
傷つきたくないくせに、誰かに甘えたかった。自分のことばかりだった。

結婚する直前まで私は今のだんなさん以外にも付き合っていた。そのことは今もだんなさまは知らない・・。
今のだんなさまは、初めて母のことを話せて、初めて受け入れてくれた人。
受け入れてくれるとわかって母のことを告白した。計算していた。そういう付き合いに疲れていた。
私は最後まで、「自分が好き」よりも「相手が愛してくれる」にこだわった。
私は最強の弱みをもっていたから、それ以上に愛してくれる人じゃないと・・って思ってた。
私は今まで自分が傷つきたくない保険にいろんな人を傷つけてきた。
ほんとサイテー以下の女だった。
どうしてこんなに私は弱くて汚かったんだろう・・。
私は強くなりたい。弱いと人を傷つける。
もう弱い汚い自分になりたくない。
そして、だんなさまを「愛される」じゃなくて「愛したい」
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by sachipu_pu | 2005-01-07 19:34 | 課題

発作

とにかく自分のことを醜いことも、封印していたことも、全てさらけ出して、そこから何か見つけたかった。

焦ってた。まだまだいっぱい辛かったコト。私の傷。私のコト。
書いては、思い出して、あれも・・これも・・自分の思いを解き放たなくちゃ・・そうしないと前に進めない。病気はよくならない。封印していたコトを解き放たないと・・。

吐き出した後は、やっと吐き出せてちょっとすっきりした気分だったのに、自分のblog読み返してフラッシュバック・・激凹み。。。

今日は久々の夕方~夜の不安発作に、過呼吸。震えてしまった。。

この瞬間は全てのものが私の中でシャットダウンする。大好きなワンコたちも遠ざけてしまう。

私を頼らないで。  私を見ないで・・・。

誰にも言えなかったことを、書いて、「ダイジョウブだよ」って言ってもらいたかった。
こんな私も「普通」だよって言ってもらいたかった。
ダイジョウブだよって言ってもらえたうれしさ。

この発作は乗り越えなくちゃいけないもの。そのうれしさに比べれば発作なんて小さい。
逃げているだけでは前に進めない。
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by sachipu_pu | 2004-12-20 20:05 | 課題

褒め言葉。

「大きい目だね」

「サラサラの髪だね」

「頭ちっちゃいね」

褒めてもらうと普通はうれしい。うぬぼれたりもする。
だけど、私は普通にココロから喜べない。
それは、「お母さんとそっくりだね」と言われているのと同じだから。

「お母様」と「病気」と「私」を切り離して考えてみてはいかがですか?

と医師は言った。

でも、「母」と「病気」は切り離せなくて、「私」と「母」も切り離せることが出来ない。

「母」と「病気」とは違う。「母」と「私」とは違う。って思いたいのに。

「ウラヤマシイ」
そういわれても、ココロの中で、
「こんな不安があっても?」って 「アナタにはわからない」って。
すさんだココロ。素直にどうしてもなれないココロ。

その癖に、褒められる努力をする私。褒められたい私。

なんなの?どう言われれば満足なの?私。
外見ばっかりで汚いココロ・・・。
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by sachipu_pu | 2004-12-20 10:25 | 課題

トラウマ。

母は病気になる前は、教育ママだったけど、しっかりしていて、優しくて、いいママだった。でも仕事仕事の父だったから、子育ては全て母が背負っていた。

私の母の病気が始まったのは私が小学6年生の頃だった。よく覚えている。
学校で、授業を受けていると先生に呼ばれた。「お母さんが来てらっしゃるよ。」と。
行くと、「さちは今日具合が悪いから帰らせてください。」と言っていた。わけがわからず、母に連れられて帰った。
「体調悪くないよ?」って言うと、母は「お兄ちゃんが自殺するかもしれないから・・」と答えた。
何がなんだかわからなかった。兄はその頃高校生1年生だった。
兄の学校にも電話がいっていて、兄もしばらくして家に帰ってきた。
兄は激怒していた。「誰が自殺するって??どういうこと!!」って・・。
もちろん兄が自殺するわけない。それからだった・・。根拠のない妄想が始まった。

母はいつも一人で話していた。母の友達はおかしくなった母から離れていった。おばあちゃんすら、心配はしているものの遠いから・・という理由で近寄らなかった。
親戚だって誰も心配はしても来てはくれなかった。
そして私たち家族すら母から逃げていた。

父は仕事仕事の毎日がさらにひどくなった。帰るのも遅くなり、休みもほとんどなかった。
兄は高校を卒業をして大学に進み、大学で単位さえとれば海外に逃亡。
私は、母と向き合うのが怖くて、一緒にいたけど、話にならない母が辛くて、目をそむけていた。母は自分が病気だということすらわかっていなかった。

母は何度か精神病院に行った。毎回トイレに逃げ込み出てこなくなって、「私はおかしくない!殺される!」って叫んだ。だからちゃんと病院に通うことはなかった。

それでもごはん。洗濯はしてくれた。ただ、家の中はめちゃくちゃだった。私が掃除すると、母は「私を追い出そうとしている」と怒った。だからずっとグチャグチャだった。だから私は母が病気になってから友達を家に呼んだことはなかった。いつもいろんなうそをついてごまかしていた。
神経質な父は耐えられず、母に怒りをぶつけ、さらに家を遠ざけた。

私も一階で一人言をいう母から逃げて二階で耳をふさいでいた。誰にも言わなかった。
そうして、7,8年が過ぎた。考えてみるとすごい年月がたっていて驚く。
母はその間、夫にも、子供にも逃げられて一人で病と闘っていた。
父も兄も私も、同罪。自分のことを守ることで必死だった。だから目をつむっていた。逃げていた。隠していた。母の存在を・・・。

兄は大学を卒業して就職を遠くにして一人暮らしをして逃げた。家には父と私と母だけになった。
その頃から、母の病気はますますひどくなって、外に出かけては夜まで帰らなくて、警察から連絡があるようになったり、お店でウロウロして困るといった苦情がくるようになった。
私は母に「いいかげんにして!!どこまで私を苦しめるの!」って怒鳴ったりした。
「病気」の母に・・・。
でも、いつしか私も少し大人になり、このままではいけないって思った。
父と兄を呼んで、3人で話し合った。ちゃんと話し合ったのはこれが初めてだった。何度か私は父にも兄にも相談したけど、「で、どうするんだ?」って返された。私がわかるわけないじゃん!どうして私に頼るの?ってみんな相手のせいにしていた・・。

結果、母に「うそ」をついて病院につれていくことにした。事前に兄と私とで入院施設のある病院に行って先生に相談して、当日4人で車にのっていった。
兄の病院についていく・・という名目で。
その日から母は入院した。次の日病院に行くと、母にタオルを投げつけられた。
「私をこんなところに閉じ込めてなにするつもり!あんたなんて大きらい!お母さんが邪魔なの!!」って。私は心が痛くて痛くて、母がかわいそうで。。でもどうしようもなかった。

私はそのころ就職して平日は仕事に行っていた。休みは土日だった。私は母への罪滅ぼしに出来るだけ時間があれば母の病院に面会に行った。週一度は父と二人で必ず行った。父と私の約束だった。日曜日は父と母に会いに行く日になった。
母は最初は大荒れで、毎回罵声を浴びせられた。私が母にしてきたことに比べれば私は耐えなければならないことだった。
でも母は、半年くらいして落ち着きを取り戻して、普通に笑って話せるようになった。
1年後には退院して普通に話せて暮らせるようになった。

私は母のことを愛している。もちろんだけど・・。でも、「病気」は怖い。
「病気」を否定することは「母」を否定することなのかな・・・。
大好きな母なのに、母のようになりたくない。その思いが私を苦しめた。
母は太りだしてから病気になった。私は太らないように、太りやすい高校のころは軽い摂食障害だった。食べて吐いた・・。常に美しくいたかった。醜くなったらおかしくなる。そう思っていた。痩せてからは、吐くことはなくて、それからはないけど、太りたくはない。いつもきれいでいないとおかしくなるという強迫観念は今でも残っている。

この話を書くのに1時間以上かかってしまった・・っていうか・・文章長すぎ・・。病院の先生にもこんなに話せていない。だんなさまにも・・。でもなぜか書きたかった。
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by sachipu_pu | 2004-12-17 22:01 | 課題