ココロの綴り。


by sachipu_pu

お母さんへ

ワタシは母が入院して、母がすこしづつよくなってくるまで
母はもぅ治らないと思っていた。

壊れた母は、もぅ二度と普通に話すこともなければ
母に戻ることはない。

外科の手術みたいに
切って取り出して縫って・・・じゃない。
母は狂ったのだ。
母は壊れて バラバラになって もう元には戻らないんだ。

そぅ思っていた。

ワタシも壊れないようにしなくちゃ。
母のように壊れたら 元には戻れない。

そんな風に思っていた。

今思うと なんて無知なんだろう。

母の病気はココロの病気なんかじゃない。
母の病気は脳の病気なんだ。

そんなことがわからなかった。
母から逃げて、母の病気を知ろうともしなかった。

母は治らないから病院で強制的に入院させることは、
追い出して閉じ込めることだと思っていた。
それは・・・母を捨てることだった。
壊れた母は治らないから、一生 閉鎖病棟に閉じ込めることになる。
そう思っていた。

でも、母の奇行がどうにもならなくなって母は強制入院した。

母はじょじょによくなっていった。

どうしてもっと早く知ろうとしてあげなかったんだろう。
もっと早くちゃんと病気を理解して無理にでも治療を受けてもらっていれば
もっと母は早く自分の人生を取戻せたかもしれない。

だから
今、私が母の心配をして
母のストレスを一生懸命取ろうとしているのは
私が優しいからなんかじゃない。

ワタシの罪滅ぼしなのだから・・。

母は自分の病気のことを理解していない。
だから、過去の話は母とはしない。
出来ない。
だからお母さんには伝えられないけど

お母さんへ。

お母さん。ごめんね。
何にも出来なくて ごめんね。
力になってあげられなくて
お母さんにひどいことばかり言った。
いなくなってしまえ!って叫んだことおぼえてる?
ごめんね。ワタシは娘として最低な子供だった。
お母さんを さらに追い詰めたかもしれない。
ごめんね。 
そして、今もそばにいて、支えてあげられなくてごめんなさい。
こんな無力で駄目な子供でごめんなさい。

でも、お母さんのこと愛しています。
お母さんの小さい頃にもらった愛情忘れていないよ。
お母さんの子供に生まれてきたこと 最低だと思っていた。
ごめんね。
お母さんの子供でよかったと 100%の気持ちで言える自信はまだないけど
お母さんの子供でよかったと今は思えてきています。

お母さん これからの人生は どうか幸せでいてください。
今までの分。いっぱい笑って 幸せでいてください。
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by sachipu_pu | 2005-07-27 18:54 | 家族